商品は同じでも価格で変わる消費者心理~プライシングの心理学~

最近、「Handbook on the Psychology of Pricing(プライシングの心理学に関するハンドブック)」というドイツのパーダーボルン大学のMarkus Husemann-Kopetzkyという教授が書いた本を読んでいて、まだ日本語訳されていないようですので、この本の内容を少しだけ紹介したいと思います。
この本は、タイトルの通り、プライシング(価格設定)と心理学の関係性について説明しており、心理学に基づいたプライシングの仕方を勧めている本になります。
代表的な例を挙げると、300円と299円だとほとんど変わらないのに、多くの人は299円のほうがお得に感じるため、299円の商品を手に取るといったものです。
面白い内容ですので、ビジネスをやっている方はぜひプライシングの参考にしてみてください。
価格はビジネスにおいて最重要
先ず具体的なプライシングの手法の説明をする前に、プライシングの重要性について少しご説明します。
価格は、売上、利益に直接的に影響を与えるため、ビジネスにおいて非常に重要なドライバーです。
利益のドライバーは4つあります。
売上を決めるのは、①価格、②販売数量であり、 コストを決めるのは、③変動費、④固定費です。
例えば、とある会社が、固定費30万円をかけて、60円で商品を製造し、100円の価格で商品を1万個販売しているとします。
そうすると、 ① 価格: 100円 ② 販売数量: 1万個 ③ 変動費: 60円 ④ 固定費: 30万円 利益 = (100円×1万個)- (60円×1万個) - 30万円 = 10万円 (利益=(売上×販売数量)―(変動費×販売数量)―固定費)
となります。
これらのドライバーのうちの一つを5%改善できるとしたら(価格か販売数量を5%向上させるか、変動費か固定費を5%削るか)、あなたならどのドライバーを選びますか?
下記の図をご覧いただくと、固定費を5%削ると利益へのインパクトは15%、変動費を5%削ると、利益へのインパクトは30%となります。 販売数量を5%増やした場合は、利益へのインパクトは20%です。
それでは、価格を5%引き上げるとどうでしょう。 利益へのインパクトは50%となります。

このように、価格と言うものがビジネスにおいてインパクトのある非常に重要なドライバーとなっていることが分かります。
実際に、コンサルティング会社のマッキンゼーアンドカンパニーが2,463社の会社に対して行った調査で、1%の固定費削減は利益に対して2.3%のインパクトが、1%の変動費の削減は7.8%のインパクトがあることがわかりました。
そして1%の販売数量の増加は3.3%の利益へのインパクトがありました。
1%の価格の上昇はというと、利益に対して11%のインパクトがあり、最も高かったということが調査によってわかりました。
このように、価格は利益に対して大きなインパクトを与えることが分かっています。
この本では、プライシングに関する65の心理的な効果を説明しており、それらを活用したプライシング方法について記述されています。
ここでは、いくつかその手法について説明したいと思います。
消費者心理に基づいた具体的なプライシング手法
では、価格設定の具体的な手法についていくつかご紹介します。
ナンバーデザイン
Odd price effect(オッドプライス効果)
これが冒頭に述べた300円よりも299円のほうが安く感じるという効果です。
この効果についても、提唱され始めた当初はいろいろと議論があったそうです。
昔、Ginzberg(1936)という人がこの効果を検証すべく、実験の中でカタログ販売業者が消費者に手紙を送り、あらかじめ決められた価格とその価格のほんの少し低い価格の商品カタログを送りましたが、結果としては消費者の購入意欲はバラバラとなりました。
しかし、方法に問題があると指摘され、その後、Schindler(1996)と言う人が、$23、$22.99、$22.88で実験をしてみると、購入された数はすべてほぼ同じだったのですが、一人当たりの購入額を見ると、22.99と22.88のほうが高かったのです。
Refined odd price effect(より洗練されたオッドプライス効果)
① Stiving(1997)という人が商品をディスカウントして売る実験をおこなったところ、$0.93 → $0.79のほうが$0.89 → $0.75よりもよく売れたそうです。ディスカウント価格は$0.14で同じで、かつディスカウント割合は後者のほうが高いのにも関わらず、前者の方が売れ行きが良かったそうです。
これは、レフトディジット効果というもので、消費者は価格の数字の「左側」により判断基準を重く置きます。
前者は9 →7、後者は8 → 7
となっており、消費者は、価格の数値の左側により注目してみており、8→7よりも9→7にディスカウントされているのでお得感がより大きいということです。
$5 → $3.99と$5 → $4は需要にあまり違いはなかったのですが、違いが$2になると、例えば、$6 → $3.99と$ 6 → $4で実験をしたときは顕著に需要の違いが表れたそうです。
② 9で終わる方が良い
消費者は9という数値をディスカウントと結び付けて考えているそうです。
③ Perceived gain effect(知覚された利潤の効果)
消費者が9などの数字で終わる数の羅列を見ると、例えば279円を見ると、300円という近いキリの良い数値を想像して、そこからの差異を利得として知覚するという効果です。
ただし、$XX.99のような価格は消費者が品質が悪いと受け取ることもあるので注意が必要とのことです。
$3.95と$3.99というような少額の価格であれば$3.99のほうが需要が高くなるそうですが、高額になると、例えば、$49.95と$49.99だと$49.59のほうが需要が高くなったそうです。
また、Odd-price effectは、だれかへのプレゼントやお祝い用の品などには当てはまらないようです。お祝い用のシャンパンで実験をしたところ、$40、$39.72、$40.28のそれぞれの価格で売った結果、$40のキリの良い数値が一番売れたそうです。
商品がHedonic(快楽主義的)なものかUtilitarian(功利主義的)なものかで異なるようです。
プレゼントに買うような商品は、快楽主義的であり、価格は300円のようなキリの良い数字が好まれます。一方で、普段スーパーで買うような商品は功利主義的で299円のようなキリの悪い数値のほうがより多く買われます。
難しいところは、同じ商品であったとしても、用途によって快楽主義的な消費なのか功利主義的な消費なのかが違ってくることです。例えば、カメラを学校の授業で使う場合、功利主義的な考えで買いますが、バケーション用に買うときには快楽主義的な考えで買うことになります。
両者のグループで実験を行った結果、功利主義的なグループでは、$101.53でも$100でも購入された商品の満足度は変わらなかったのですが、快楽主義的なグループでは$100のほうが満足度が高かったそうです。